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元英軍捕虜に謝る必要は無い

1 :朝まで名無しさん:02/04/16 21:18 ID:8xCyHUib
元英軍捕虜に賠償する必要はありません。
おまえらは金の亡者ですか?

2 :朝まで名無しさん:02/04/16 21:23 ID:ahpR+pvf
そのとおり。会田雄二著「アーロン収容所」を読むべき
なんです。

3 :段造:02/04/16 21:25 ID:QqHRNiUk
ほれ。日本が世界に例のないことするからたかられるんだよ。
植民地に謝罪や賠償なんかしたのは日本だけだろう。
そんなことするから、銭目当ての乞食が群がってくる。
オマエラ、中国に謝罪と賠償したか?

4 :紫陽花 ◆SvAwkMl6 :02/04/16 21:27 ID:340sGINe
日本が占領してたところ全てからたかられるのでしょうね・・・

5 :朝まで名無しさん:02/04/16 21:32 ID:c69xaPGq
そういえば朝日に反論意見みたいなのが載ってたな。
至極まっとうなやつ。

6 :紫陽花 ◆SvAwkMl6 :02/04/16 21:32 ID:340sGINe
ソースあります?読んでみたいですけど。

7 :朝まで名無しさん:02/04/16 21:37 ID:c69xaPGq
見つけてきますた。
最後の2行がとってつけたみたいでひっかかるけど・・・


捕虜への扱い 気になる報道
無職 古○ ○造  広島県尾道市 74歳

 先月27日、先の大戦中に旧日本軍の捕虜になった英国人らが、日本政府に
損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が東京高裁でありました。
それに関連して、英軍の捕虜が広島県の因島や向島で、虐待され、
餓死や病死者が出たというニュースをテレビで見ました。
 私は当時中学生で、旧日立造船因島工場に学徒動員で行きました。
そこにも英軍の捕虜がたくさんいました。しかし、私の知る限りでは、
そのようなことはなかったように思います。
 戦時の欠乏時代で、お互いにやせこけていましたが、周りの日本人は兵役に不適格者ばかりです。
彼らを虐待するほどの剛の者はいませんでした。彼らの靴や衣服は上質で、作業たるや軽い雑役で、
私たちはよれよれの服にげた履き姿。待遇は日本人よりましなように見えました。
 私がパイプ部材を担ぎ、船に運んでいると、「ダメネ、センソーマケネ」とやゆされる始末です。
自国ではもっと程度の高いことをやっているとの優越的な意識が感じられました。
 捕虜の日本人引率者は、年輩の英語使いで、温厚な人柄のようでした。
工場の軒下には、栄養補給用の重湯を入れた小さなタンクがあり、誰でも飲めました。
しかし、我々の方が飲む頻度が多く、捕虜の方が良い食べ物を食べているのに違いないと、
ひがんだぐらいです。餓死なんて考えられないのです。
 戦争の傷を癒す難しさもあると思いますが、「なぜ日本政府は補償金を支払わないのか」
という問題が今後もくすぶり続けるのではないかと気になります。

8 :朝まで名無しさん:02/04/16 21:40 ID:uUC/OOY2
http://members.tripod.co.jp/esashib/war02.htm
第二世界大戦当時、日本軍は東南アジアに侵攻、同地にいたイギリス軍を撃破し、多くのイギリス兵を捕虜にした。
その多くは、たとえばタイ― ビルマ鉄道などの強制労働に従事させられた。映画『戦場にかける橋』はこれを描いたものである。
また、一部のイギリス兵は日本に連れてこられ、同様の過酷な労働を強いられた。
イギリス人捕虜たちは、満足な食事を与えられず、失敗すればどれほど些細なことでも
竹刀でひどく叩かれたという。痩せ細り、ふんどし一つで行進させられる捕虜たちの映像はテレビで繰り返し放送された。
タイムズも含め、すべての新聞の一致した論調はインディペンデント5月26日の社説の題名に尽きる。“捕虜は忘れることができない。
しかし、われわれは許さなければならない。” ブレア首相は、捕虜による抗議行動のために日英関係が悪化し、日本からの投資の阻害要因に
なってはいけないと、経済を中心とした友好的な新しい日英関係を強調した。捕虜のなかには、捕虜経験のないブレア氏にわれわれの気持ち
は理解できないと、ブレア氏を裏切り者扱いするものもいた。
一方、天皇のパレード中、大きな日の丸を振っていた元捕虜もいた。元捕虜全員が反日というわけではない。




9 :朝まで名無しさん:02/04/16 22:03 ID:9iFlZ7QM
>>7>>8
これは日本人の中では常識だった竹刀での殴打や、
貧相な食事が英国人に耐えられなかった
という側面が強いと感じるな。

10 :段造:02/04/16 22:07 ID:QqHRNiUk
爺さんに聞いたけど、日本と同じレベルで扱っただけだ、と
言っていたな。
彼等は金持ちだったから、虐待を受けた、と感じたんだろう、って。

11 :朝まで名無しさん:02/04/16 22:08 ID:ETGeTOtT
>>9
英国人は粗食と聞いたが。

12 :大天才様1号:02/04/16 22:10 ID:5OnQ6NWR
そういえば、スピルバーグがトムクルーズ使って、バターン死の行進の
映画撮ってなかったっけ?
他に映画化する物が沢山あるだろうに。

13 :どっちかという左(ちんぽが):02/04/16 22:15 ID:keg6t8aP
阿片戦争のイギリスが、どの口で人道とかほざきますか?


14 :朝まで名無しさん:02/04/16 22:17 ID:sgaXQdjZ
>>9
ビルマ人にビンタやって恨まれた、ってのと同じパターンだね。
日本人だって学のある連中には、その手の粗野さは嫌われてたみたいだね。

15 :大天才様1号:02/04/16 22:18 ID:5OnQ6NWR
>>13
前に江沢民がイギリスを訪問したときに、エリザベス女王が江沢民と会談して、
中国の人権問題について注文付けてたよね。
アレを見て、日本の外交はなにか重大な間違いを犯しているのではないかと
切に思いました。

16 :朝まで名無しさん:02/04/16 22:20 ID:i2o9UEE5
>>15
イギリスではアヘン戦争は「正当な戦争」なんだから当たり前です。

17 :さまよえる中国人:02/04/16 22:25 ID:QqHRNiUk
>>13
同意。
さすがの中国人も「あれは人権以前の問題だ」
と憤慨していたね。

18 :朝まで名無しさん :02/04/16 23:00 ID:oI0aynAb
不憫だが日本人も別に彼らの目の前で大飯を食っていたわけではない。
お互いに哀れとは思うが補償の対象ではない
これは韓国にも言えることだが(特に併合した韓国にも言えることだが)
あくまでも『日本人と同等に扱った』結果である。
それに対して補償問題が噴出してくる事は理解できない。

19 :朝まで名無しさん:02/04/16 23:03 ID:nXhvMU4+
まあ阿片に関しては日本も余りデカイ口はたたけないだろう。
なんか軍の資金作りや宣撫工作、物資調達なんかでかなりバラ撒いたみたいだしな。
もちろんイギリスがバラ撒いた量に較べりゃ微々たるもんだろうが。

20 :段造:02/04/16 23:04 ID:QqHRNiUk
>>18
なまじ同等に扱うから恨まれたんでないですか。
英国のように、一段下、奴隷、家畜のように扱った方が
良かったかも知れない。
その点日本はおなじアジア人ということで、そういうことが出来なかった
のではないでしょうか。
英国は、旧植民地と実に上手くやっている。現代も。

21 : :02/04/16 23:05 ID:WZBOs6+G
>>19
ソースは?

22 :朝まで名無しさん:02/04/16 23:29 ID:9xFNPXk1
>>21
気が向いたらコピペしてあげる。

23 :朝まで名無しさん:02/04/17 01:32 ID:6gXdVhek
戦時中、食糧等が不足していたのは、イギリス政府も参加していた
対日禁輸政策も原因の一つだと考えられる。
当時は日本人も飢えていた。英軍捕虜だけが特別に腹いっぱい
食えるわけがない。

24 :朝まで名無しさん:02/04/17 01:56 ID:Cy9Ftq3m
負け犬は勝者にたかられ続けるのね

25 : :02/04/17 01:57 ID:wfWLSqX5
いまテレ朝でやってるよ、この問題。
「検証212枚の認識票」

26 :朝まで名無しさん:02/04/17 19:40 ID:E1L8hWjr
>>23
そりゃショバ取られてニコニコしてやる義理もないべ、普通。
国際政治の場でなにを幼稚園児みたいなことを(w

27 :朝まで名無しさん:02/04/17 21:50 ID:lRq6OZfB
>>26
おまえの言いたい事がさっぱり解らん。

28 :>。。:02/04/17 22:04 ID:w37xuGDk
というか、英兵がアジアにいたかというと
植民地支配のためで、そんな連中が文句をいう資格があるのか?

どっかの家に強盗が入ったとして
その家に別の強盗が後から入ってきて
先の強盗を殴った。
その家の住人はともかく、
先の強盗が被害者面できるのか

(注:軍は強盗であったかどうかの議論はとりあえずおいておく)

従軍慰安婦でゴタゴタいってるオランダ同様の白人の厚顔ぶりって。。。

29 :朝まで名無しさん:02/04/17 22:37 ID:2HkIjGcr
>1 仮に日本が賠償するにしても前提が1つ

イギリスが占領・植民地にした

インド  マレーシア  ニューギニア  ビルマ  スーダン  ケニヤ
ウガンダ ローデシア  ナイジェリア  シエラ・レオネ

に補償したらね。


30 :朝まで名無しさん:02/04/18 00:59 ID:O2Gqzc+G
イギリスはアメリカの原住民にも補償しる。

31 : :02/04/18 01:11 ID:RcEDNzju
イギリスは油のために虐殺した鯨にも補償しる。

32 :朝まで名無しさん:02/04/18 02:18 ID:5O9fLlvW
ココアホばっかりだね。戦勝国に賠償を放棄してもらってるのに、被害国に賠償も
満足にできない日本政府というのは恥もいいとこだなプ


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/04/18 02:20 ID:PjUlbSqX
>ココアホばっかりだね。戦勝国に賠償を放棄してもらってるのに、被害国に賠償も
>満足にできない日本政府というのは恥もいいとこだなプ

ドイツなんかは被害国のソ連やポーランドにドイツ人の資産の賠償請求してますが何か?

34 :名無し:02/04/18 02:29 ID:UGJS8nsz
>>32
アホはお前だ糞チョン。てめえが知らないだけだ。
日本ほどきちんと戦時賠償した国があるか。賠償だけでなく、その後
大変な経済援助もしているぞ。

35 :朝まで名無しさん:02/04/18 02:32 ID:f+mjI3Uv
>>32
いい機会だ、賠償費用を捻出するために増税しようぜ、消費税を100%に引き上げようか?
これでも被害国や戦勝国への賠償には足りないけど。
おまえは喜んで賛成してくれるよな。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/04/18 02:34 ID:HFuU54JZ
>>32
文句は戦後の国交回復交渉のおり「補償額が多すぎる」と言って猛反対した
社会党や共産党に言ってくれ(笑)

37 :nanasi:02/04/18 02:43 ID:rVkkQdyK
 テレ朝の番組見たけど、なんだかなあって感じ。
アーロン収容所のこともあるから、どっちもどっちだし、イギリス人には大英帝国が他国の(しかも有色人)捕虜に
なったのが悔しくてたまらんって言うのは分かるが、番組を見ててもそれしか伝わって来なかった。
 日本の戦争犯罪?を反省するのは必要だが、それだけで戦争を反省したことになるんかと。

 政府や官僚機構のだらしなさが露呈してきた現在なら、勇敢な戦死者より餓死病死者が圧倒的に多かったと
言うアホな事実を反省したほうが良いと思う。

  

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/04/18 02:50 ID:HFuU54JZ
>勇敢な戦死者より餓死病死者が圧倒的に多かったと
>言うアホな事実を反省したほうが良いと思う。

世界の戦史を見るとそんなことは少しも珍しくないのだが。
連合軍でも戦闘による死傷者より戦病者の方が遙かに多いよ。
例えばニューギニアのビアク島攻防戦の米軍では日本軍との戦闘での死傷者
が3200人だったのに戦病者は6500人にも上っている。

39 :nanasi:02/04/18 03:01 ID:rVkkQdyK
 餓島のような初めから補給する気もないような「作戦」があったのは、他国や歴史上云々より
少なくとも大東亜解放とかの理念を唱えた国がやることじゃないと思う。
 
 因みに俺は少ない知識だけど、あの戦争は理念は良いと思うけど・・・って感じ。

40 :朝まで名無しさん:02/04/18 03:07 ID:Xb6jWVRV
>>39
ガダルカナルは補給する気はあったんだけと、制海空権がとれなかった
って感じでしょ。
まあ、ポートモレスビー攻略とか出鱈目だけどね。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/04/18 03:10 ID:HFuU54JZ
>>39
ガダルカナル島は「補給が失敗した」のは紛れもない事実だけど、補給する気
が無かったは間違いだよ。
そもそもガダルカナル島を巡る戦闘の多く(第二次・三次ソロモン海戦、ルンガ
沖夜戦など)は補給、又は補給部隊の支援の為にガ島に接近した日本艦隊とそれ
を阻止しようとした米艦隊との間で起きた戦闘だよ。
むしろ日本海軍は陸軍から「兵士を餓死させるような真似は許さない」と迫られ
たために、なけなしの潜水艦を食料の輸送に使わねばならなくなるような状況
だった。なお皮肉にもこの潜水艦輸送は戦後、連合国側の戦史家から「非合理的」
と非難されていたりする。
つまり「補給が失敗した」点は間違いなく非難されるべきだが「補給する気が
なかった」と言うのは間違い。

42 :名無し:02/04/18 03:14 ID:UGJS8nsz
>>41
俺も本を読んだ限りではそう思う。
むしろガダルカナル島での最大の失敗は、兵力の逐次投入じゃなかったの?


43 :nanasi:02/04/18 03:27 ID:DqWAeS/y
 色々知識をありがとう。もっと本とか読みます。
でも、感情的な問題だけど、戦争の悲惨さとか無念の死を伝えるなら、南方のことは
もっと伝えられた方がいいのにね。

44 :朝まで名無しさん:02/04/18 03:29 ID:Xb6jWVRV
>>42
最大の敗因は戦略眼の無さじゃない?(w

逐次投入は、米国の投入する戦力を、見誤ったってことで
どれだけ本気なのか理解するのに時間がかかったってこと。

オーストラリア孤立化 てのは、相手の結構痛いところを突いていたわけ
だけど、当事者にその自覚がなかった(笑

45 :朝まで名無しさん:02/04/18 04:02 ID:b+I6V7Qe
それと、腹立つのが週金系の糞サヨなんかが反天皇制のために元捕虜の
言い分を利用したりしている事。
天皇制云々は別として「満州でのソ連軍の残虐行為は侵略していた日本が悪い」
と言いながら東南アジアに侵略していた連中の言い分を擁護する連中は
普段愛国心とは無縁の俺でも反発したくなるよ。

46 :つーかさ:02/04/18 04:04 ID:N+06iotp
こんなん言い出すならイギリスなんざ世界中に賠償しなきゃならんと思うがね、、、

47 :朝まで名無しさん:02/04/18 04:07 ID:jl+/z1Ez
>>45
本当かい?>普段愛国心とは無縁

48 :名無し:02/04/18 04:21 ID:UGJS8nsz
.....
 日本軍の兵員数、装備は防衛側を上回っていたわけではなかったが、日本の
精鋭部隊と植民地の軍隊とでは大きな戦闘力の差があった。
 しかし、それよりも大きかったのは現地住民の協力だった。インドネシアの
至るところで、現地人は日本軍の道案内をし、道路に積まれた妨害物を除去し、
橋梁を修復し、各町村は手製の日の丸を振って、まるで自分たの兵隊のように
日本軍を歓迎した。
 伊藤正徳の表現を借りれば、ジャワ住民5千万が日本軍の味方であり、オラ
ンダ軍は敵地で行動しているに等しかった。それはビルマでも同じで、ビルマ
全土が日本の味方だった。
 全アジアが熱狂と歓喜に包まれた。三十七年前、日本がロシア軍を撃破した
ときと同じ感激の波が全アジアに走ったのである。
....................
                   栄光に酔った六ヶ月  岡崎久彦
                    雑誌Voice 平成12年9月号 
 

49 :名無し:02/04/18 06:00 ID:UGJS8nsz
敗戦の教訓     岡崎久彦 Voice 平成12年11月号

ガダルカナルの攻防
 ソロモン諸島の南端の島ガダルカナルに、海軍は七月頃ごろから飛行場の
建設を始めた。それはミッドウェー敗戦の前に策定した米豪遮断作戦の延長
線上の行動であった。
 戦闘が起こったときに陸軍参謀本部では誰一人その名を知らなかったとい
うから、事前の陸海軍間の連絡は全くなかったわけである。
 しかし地図を見ると、明らかに南太平洋の天王山ともいうべき戦略的要地
である。
 ここはニューギニアから東南に流れる島嶼群の最後の飛行場適地であり、あ
とは広漠たる南太平洋である。日本はすでにラバウルに強固な航空基地を設け
ていたから、ここに基地ができると米豪側もおいそれと反攻できなくなる。
 それだけの戦略要地ならば、ラバウルのように初めから本腰を入れて守る態
勢をつくっておくべきだったが、設営隊二千七百名、海軍の警備兵二百四十名
がいたにすぎなかった。
 緒戦の快勝と、ミッドウェー敗戦の秘匿のために、米軍などはまだ出てこな
いと思う油断があったのである。
 ところが、ミッドウェーの勝利で余裕の生じた米側は反攻を考えていたとこ
ろなので、これを見逃すはずもなかった。
 日本軍の飛行場は八月五日頃ほぼ完成したが、八月七日に米軍は、戦艦一、
空母二、巡洋艦三、駆逐艦十五と三、四十隻の輸送船からなる大部隊が本格的
な上陸を始め、たちまち山砲二門、機関銃三丁しかない日本守備隊を圧倒して、
飛行場を占領した。
 ガダルカナルの攻防戦は、日本軍がまだ勝つ実力もチャンスもあった最後の
戦闘であった。
 まず、海軍は、日本海海戦以来の伝統的能力を存分に発揮した。重巡五隻を擁
する第八艦隊は直ちに出撃して、八月八日に夜襲をかけて、わずか三十分の戦闘
で敵の重巡四隻を撃沈し、軽巡二隻を炎上させる大勝利を挙げた。闇をついた奇
襲でもあったし、海軍の練度は日本のほうがまだまだ上だったのであろう。そこ
で、のちのちまで批判されるのは、こうして敵艦隊を撃滅しておきながら、泊地
にいた三、四十隻の大型輸送船に手をつけずに引き返したことである。
 航空機の援護のない艦隊行動の危険を、ミッドウェーで学んだためというが、
少なくとも結果論からいって−戦争は勝てば官軍、本質的に結果論の世界である
−戦略的発想の欠如としかいいようがない。
 戦略目的はガダルカナルの奪回であり、敵の上陸部隊撃滅である。護送艦隊の
撃滅はその手段にすぎない。護送艦隊を撃滅しても船団をそのまま上陸させては、
海上戦闘に敗北したのと同じことである。
 日清戦争の始まりである豊島沖海戦で、のちの東郷平八郎元帥の指揮する浪速
艦が、巡洋艦済遠の逃走を見逃しても、牙山への増援増兵を乗せた輸送船を沈め
た戦略的思考が、いつのまにか失われていたのである。
 海軍の本領は敵の軍艦を艦隊決戦で葬ることにあるとか、商人を切るのは刀の
汚れとかいう、戦略と何の関係もないダンディズムがその心理の底にあったとも
いわれる。
 陸軍の敗因は、一に情報不足にあったといってよい。ガダルカナルに上陸した
米軍は海兵第一師団一万三千名であったが、日本側は敵を約二千と判断した。そ
こから、兵力を逐次投入して、次々に敗退するとう誤りを犯すことになる。
 まず歴戦の勇士一木清直大佐に率いられた九百名が、一人小銃弾二百五十発、
糧食七日分で、後続の上陸も待たず八月十八日に銃剣突撃して殲滅された。もう
そのときは、使用可能になったばかりの滑走路を飛びたった米軍機の機銃掃射も
浴び、戦車も現れている。


50 :名無し:02/04/18 06:00 ID:UGJS8nsz
米軍の戦史は、以後海兵隊は百戦不敗となったと書いている。まさにそのとお
りになった。
 その後九月十三日には、日本側は五千六百名の兵員を揃え、一万六千の海兵隊
に総攻撃をかけた。
 このときが勝てたかもしれなかった最後のチャンスだった。もう少し兵力の集
中を待ってから攻撃するか、あるいは戦略的にもう少しうまくいけば、勝機はあ
った。「もう一個連帯あれば」「あの朝もう二つ握り飯があったら」という嘆きが
聞かれたほど、飛行場占領にいま一歩というところまでいった。
 しかし、もうここまでだった。飛行場を米側がフルに使いだしてからは、制空
権はつねに米側の手にあった。その後、日本側はさらに大規模な攻撃を試みるが、
制空権のないなかで、兵員、機材、食料の輸送もままならなかった。
 十一月には、高速の輸送船十一隻で一個師団と軍需品を増援しようとしたが、
着いたのはわずか四隻であり、それも砲爆撃を受け、一部しか揚陸できなかった。
増援を待っていた部隊に補給は届かず、「絶食すでに一週間に及ぶ」という電報
が来るほどの飢餓状態に陥り、ガダルカナルが「餓島」と呼ばれる惨状を呈した。
 戦闘は猛烈な消耗戦となった。
 当時の戦争指導部内の議論はもっぱら必要な船舶をいかに調達するかに集中し
ている。
 ………………………….
 もともと消耗戦では、物量で日本はアメリカに勝ち目はない。それも日本のそ
ばまで敵を引きつけての消耗戦ならばまだしも、日本にとっていちばん不利な場
所でおこなったのである。
 ラバウル基地からガダルカナルまで一千キロもある。当時戦闘機では世界一の
航続距離を誇ったゼロ戦でも、ガダルカナル上空では十五分しか戦闘できない。
ガダルカナルの飛行場を使える米軍に比べて絶対的に不利である。
 結局は二万の白骨を残して撤収することになるが、この間海軍は、作戦機二千
七十六機という消耗をしいられ、「銀翼を連ねて南の戦線」と歌われた誇り高き
ラバウル航空隊は見る影もなくなってしまった。

51 :キム ◆HA.0wADg :02/04/18 06:04 ID:aVn5zmf8
>>3
>植民地に謝罪や賠償なんかしたのは日本だけだろう。
じゃするなよ
一度したら最後、ずーとたかりつづけられるのは当然だ
残念でしたな

でもその失態を演じた政府を今も政権政党として支持しつづけている
のだからあきれたものだ

というより楽なんだよな。実はたかられつづけられた方がw

52 :朝まで名無しさん:02/04/18 06:22 ID:kRyYWA6n
>>51
ずーっとやられないようにするのが今の政府の仕事のひとつ。

53 :キム ◆HA.0wADg :02/04/18 06:25 ID:aVn5zmf8
>>52
その割には何も変わりませんなw

54 :名無し:02/04/18 06:38 ID:SJfoDTlf
住まわせて戴いている国に感謝し敬意を払わない少数異民族は、世界中で日本に
住んでいる朝鮮人だけである。

どうして朝鮮人はここまでつけあがるようになったのか。終戦後の混乱期に犯罪
集団と化し凶悪犯罪を犯した朝鮮人に、大逆殺の天罰を加えなかったことが原因である。

日本は法治国家だから平時にはやれないが、北朝鮮が暴発して国内でテロを犯したとき、大規模災害が発生したときなどに、今度こそ大逆札を食らわせ、殺し損ねた奴らは半島に追い返そう。


55 :名無し:02/04/18 06:42 ID:SJfoDTlf
他民族の国に経済的な理由で押し掛けてくるのは止めて、自国を豊かにするよ
うに努力するべきである。過去に押し掛けてきた連中も、祖国がある程度豊か
になったら、いままで住まわせて戴いたことに感謝して、祖国に帰るべきである。

各民族にはそれぞれ独自の文化,伝統がある。そういう民族を混ぜると、日常の
ささいなことにまで争いがおき、押し掛けてこられたほうは大迷惑。

だから、トイレの洗剤と同じで、民族は混ぜてはいけない。分かれて住むのが一
番。日本でも民族分離運動を推進し、日本人がゲストとして残って戴きたい外国
人以外の外国人、特に終戦後凶悪犯罪を犯しまくり、現在も外国籍のまま参政権
をよこせなどと戯言ぬかしている朝鮮人を半島に追い返そう。
ドイツ人の民族派もロシア人の民族派もがんばっている。

彼らと連帯して劣等異民族の追放を世界の世論にしていこう。


56 :名無し:02/04/18 06:49 ID:SJfoDTlf
■1923年(大正12年)9月1日 関東大震災
『帝都を騒した不逞鮮人の暴状/強盗強姦放火殺人破壊爆発物毒薬其他廿八件/一般鮮人は温順』 福岡日日 1923/10/22 〔1/2〕 東京・東京 【社会】
『不逞鮮人凶行/恣に虐殺を逞ふす/殺到・強奪・輪姦・毒殺・発砲・刃傷・殴打』 門司新報 1923/10/22 〔1/3〕 ・東京 【社会】

実際に火事場ドロボウや強盗しようとして殺されたんだね。
終戦直後に三国人がやった事からも、推測は容易!
まあ普段から良き隣人だったなら殺すはずは無いよな。 もし新聞が誤報だったにしても、
いかにもな内容だと 民衆が思ったのはなぜかも考える必要があると思う。
ま、あれだ。 ロスアンゼルスの暴動のときのようなもんだ。 普段からちゃんとして
りゃ少なくとも隣人とかが助けてくれるのにな。

昔の日本人は立派だった。教育があり文明化されているので普段は大人しいが、
いざというときには、災害時の混乱に乗じて犯罪を犯す朝鮮人をブチ殺す逞しさ
を持っていた。

我々も大和男児である。その逞しさを失っていないことを、次の機会に示して見せようではないか。


57 :キム ◆HA.0wADg :02/04/18 18:23 ID:WkdPIJR4
>>54
要は日本がヘタレだったということじゃないか
わかってるぞw

58 :朝まで名無しさん:02/04/18 18:38 ID:/43koSBl
日本は負けたのだから、国民皆殺しにされても文句は言えないはずだ

59 :朝まで名無しさん:02/04/18 18:40 ID:We+vvzNL
もういい、日本人などみんな殺せ

60 :朝まで名無しさん:02/04/18 18:43 ID:p7VNe0Zg
>>57
要は兆銭が乞食だってことじゃないか
わかってるぞw

61 :名無し:02/04/18 18:56 ID:w6hoJOB9
>>57-59
戦争をすれば勝つこともあれば負けることもある。世界史に残る大戦争を3回も
やればすごい民族だ。

日本が世界の最強国の1つロシアを破ったころ、朝鮮人は藁葺きの掘っ建て小
屋に住み、トイレなしの垂れ流しで糞まみれの豚のような生活をしていたんだ。

そんな朝鮮人が、世界の優等民族の国に押し掛けてきて住まわせて戴いていな
がら、でけえ面するんじゃね。半島へ帰れ。

62 :名無し:02/04/18 19:03 ID:w6hoJOB9
『黄金色の洪水と聞いて内地に出稼ぎする朝鮮人労働者の群』 京城日報 1917/7/18 夕 〔3/1〕 全国 ・ 【渡航】

『観光団気分の/鮮人出稼人/相変らず盛に出る』 大阪朝日 1918/9/6 鮮満 〔〕 釜山・朝鮮 【労働】

『出稼鮮人喊声を挙げて/進行中の列車を停む/非常信号を鳴し窓を破る/引率者が旅費を支払わぬ』 京城日報 1922/7/8 〔5/8〕 宇都宮・栃木

『日本内地を流れ歩く 十五万 の鮮人 / 大阪には浮浪者が多く北九州は 彼等の半永住地/総督府警務局の調査』 福岡日日 1927/6/16
〔1/7〕 ・全国 【調査】

『流込む鮮人を/堰止めて呉れ/福岡県から朝鮮総督府へ』
大阪朝日 1921/4/10 鮮満 〔〕 ・福岡 【渡航】

『当もない渡航者/依然として多い/ 総督府の取締緩慢を/ 門司署員が嘆息』 大阪朝日 1928/5/26 朝鮮朝日 〔〕 門司・福岡 【渡航】

『内地へ来る出稼鮮人を釜山辺りで喰止める/想像しているやうな好い生活の出来ない旨を言ひ聞かせて』 大阪毎日 1922/5/19 夕 〔2/1〕 大阪・大阪 【労働】

『内地渡航鮮人の不評は自業自得/同胞を毒する不逞輩/内地から帰つた鮮人の講演』

『朝鮮人は何故渡来するか/何故怠情性か/何故無智なのか/生活を共にせよ―(下)―』 中外日報 1923/7/29 〔2/2〕 ・ 【渡航】



63 :名無し:02/04/18 19:04 ID:w6hoJOB9
密航
戦前の日本の新聞の記事C
『鮮人の密航続出/行啓を控へた山口県へ/既に三百名に達した』 大阪朝日
1926/4/29 〔5/9〕 下関・山口 【渡航】
『又も鮮人の密航団/山口へ六十名』 福岡日日 1926/4/29 〔1/2〕 山口・山口【渡
航】
『鮮人の密航続出/行啓を控へた山口県三百名(東宮行啓を控え県警察部は漫然渡航
者を乗船地で阻止しているが、密航を企てる者も増加。近頃も大津郡深川村に60名上
陸)』 京都日出 1926/4/30 〔〕 長門・山口 【渡航】
『大密航バレる』 大阪朝日 1926/5/1 朝鮮朝日 〔〕 釜山・朝鮮 【渡航】
『鮮人が帆船で渡っても密航でない、つまらぬ取締りをされては思想上面白くないと
朝鮮総督府から横槍』 神戸新聞 1926/5/3 〔6/3〕 釜山・朝鮮 【社会】
『又も糸島に密航団/朝鮮から渡航六十余名(糸島郡芥屋村)』 福岡日日 1926/5/4
〔1/2〕 糸島郡・福岡 【渡航】
『密航朝鮮人は/既に二百に上る/行啓後に対策を/赤木特高課長の沿岸視察』 大
阪朝日 1926/5/5 広島 〔〕 ・山口 【渡航】
『生き残った/密航者送還/厳原警察から/釜山に向けて』 大阪朝日 1926/5/20 朝
鮮朝日 〔〕 釜山・朝鮮 【渡航】
『二十余名の密航者団逮捕/下関水陸両署活動/時節柄とて重大視す』 中国
1926/5/26 〔〕 下関・山口 【渡航】
『依然と困る密航者/釜山署の大弱』 大阪朝日 1926/5/28 朝鮮朝日 〔〕 釜山・朝
鮮 【渡航】

64 :名無し:02/04/18 19:06 ID:w6hoJOB9
朝鮮人は犯罪の多い異常民族

戦前の朝鮮人の犯罪の例
『鮮人スリ団の本拠が判る/首脳者を逮捕』 大阪朝日 1925/6/19 夕 〔2/8〕 大阪・大阪 【社会】
『鮮人スリ団の首魁捕はる/大阪を荒して横浜に入込む』 大阪毎日 1925/7/15 夕 〔2/6〕 横浜・神奈川 【社会】
『朝鮮人二千人が支那人襲撃計画/棍棒などの兇器を携へて集合/昨夜和歌山市内で』 大阪毎日 1931/10/3 〔11/1〕 和歌山・和歌山 【社会】
『内鮮工夫二百名が一団になつて/工夫頭の一家を鏖殺せんとす/原因は鮮人工夫の惨殺から』 京城日報 1920/9/8 〔5/10〕 北安曇郡・長野 【犯罪】
『警官と鮮人と自警団の混戦乱闘/遂に四十二名惨殺さる …』 九州日報 1923/10/21 〔1〕 ・埼玉 【震災】
『鮮人十数名内地人一人を惨殺/下関市長崎町の惨事』 門司新報 1929/4/18 〔1/5〕 下関・山口 【喧嘩】
『野良帰りの女を襲ひ鍬で滅多斬りに惨殺/暴行を加へんとした鮮人 潜伏中を取押へらる(三井郡善導寺村)』 福岡日日 1932/12/7 夕 〔1/2〕 久留米・福岡 【社会】
『鮮人仲間の私刑か/溝中に惨殺死体/尼崎市外立花村で発見さる/現場に女持ち手巾』 神戸新聞 1934/9/20 夕 〔2/5〕 尼崎・兵庫 【社会】
『支那人を襲う/講演を聴いて怒った朝鮮人』 大阪毎日 1931/10/6 〔11/9〕 沼隈郡・広島 【社会】
『鮮人の支那人襲撃に警戒/学生風の鮮人が/支那人方を襲ふ』 中国 1931/12/30 〔〕 広島・広島 【警備】
『鮮人らしい怪しい男が浄水池に毒を?投げ込んだと豊岡町民大騒ぎ』 神戸新聞 1922/8/20 〔7/7〕 豊岡・兵庫 【社会】

ここまで悪逆非道の限りを尽くしているとなると…。
震災の時におそわれたのも自業自得じゃないのかっておもうけど。

■1923年(大正12年)9月1日 関東大震災
『帝都を騒した不逞鮮人の暴状/強盗強姦放火殺人破壊爆発物毒薬其他廿八件/一般鮮人は温順』 福岡日日 1923/10/22 〔1/2〕 東京・東京 【社会】
『不逞鮮人凶行/恣に虐殺を逞ふす/殺到・強奪・輪姦・毒殺・発砲・刃傷・殴打』 門司新報 1923/10/22 〔1/3〕 ・東京 【社会】



65 :キム ◆HA.0wADg :02/04/18 19:51 ID:WkdPIJR4
>>61
>日本が世界の最強国の1つロシアを破ったころ、
その同じ国に中立をやぶられたアホな国はどこだったっけなw

66 :ビルマ全土が日本の味方だった>久彦の出鱈目炸裂!:02/04/18 20:02 ID:y/Tplehl
ボ・ミンガウン(三十人志士メンバー・アウンサン将軍副官・独立後、内相、運輸相等歴任)
 「ビルマの情勢を検討していた東條首相は、そのスローガンである「大東亜共栄圏」建設をめざし、
 同時にビルマ国民の感情をなだめるために、飯田司令官の下に傀儡政府を組織して、名目的な独立
 を供与する準備を進めた。まもなく飯田司令官は、バモオ博士を長とするバホー(中央)行政委員
 会を設置し、一九四二年六月四日に全国に向けて発表した。(中略)この委員会は一九四二年八月
 一日に、「ビルマ行政府」とその名前を変更した。しかし、「ビルマ行政府」とはいっても、飯田
 中将の命ずる範囲の行政事務を担当したにすぎなかった。
                     (中略)
  一九四三年八月一日には「独立」が宣言され、アディパティ(総統)バモオ博士の率いる政府が
 出現した。この政府は、独立した政府とはいうものの、実際には総統にせよ、大臣たちにせよ、日
 本軍指導部の認めた範囲内の権能しか持たなかった。アウンサン将軍は、日本の与えた「独立」が
 本物ではなく、「メッキ」にすぎないことを見抜いていた。将軍はまた日本軍のやり口を熟知して
 いた。さらに、連日のようにビルマ各地で起こっているファシスト日本軍の残虐行為についても将
 軍は目配りを絶やさなかった。そして、もともと胸の内に秘めていた、日本軍に対して反乱を起こ
 すという決意を、さらに固くするのであった。
  日本の与えたビルマ人による行政が、名ばかりでお粗末なものにすぎず、また残虐行為の数々を
 目の当たりにしていたビルマ国軍、人民革命党それに共産党の指導者たちは、一九四四年八月に秘
 密の話し合いを持ち、討議の末に「反ファシスト人民自由連盟」を結成し、対日反乱についてこま
 かい検討を行った」
  (ボ・ミンガウン『アウンサン将軍と三十人の志士』(中公新書 1990)より)

67 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:03 ID:y/Tplehl
飯田祥二郎(陸軍中将・第十五軍司令官など歴任)
 「軍政の実施にあたり、私が一番心配したのは、満州や支那で日本人が横暴を極めた悪弊をそのま
 まビルマに持ち込みはせぬかということであった。・・・
  ・・・(ビルマに進出してきた日本商社の人々が)ビルマの経済力増進強化のため、逐次ビルマ
 人にその力を持たせるように考慮を廻らすというようなことは、全然念頭にないというてもよい。
 このような日本人がどんどん進出してきて、各方面で威張りちらして働き出すのだから、ビルマ人
 の頭にこれが何と映ったであろうか。
  それも日本商社の頭だけならまだしも、日本の中央当事者の頭が之に類したものであり、延いて
 軍の軍政関係者の頭までが同様ではなかったかと思われた。
  重要産業以外のものも、日本人が進出したため、ビルマ人が圧迫されて、事業経営が不可能にな
 ったものも少くなかったようである。これでは、日本軍政は、ビルマ人にとって経済迫害以外の何
 物でもなかったといわれても、申し開きができないと思う」
  (防衛庁防衛研究所戦史部編『資料集南方の軍政』(朝雲新聞社 1985)より)

68 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:09 ID:y/Tplehl
反ファシスト人民自由連盟(ビルマ愛国戦線・パサパラ)宣言文
 「われわれビルマの人民は、今や日本のファシストの鉄のかかとのもとに苦しんでいる。われわれ
 の家庭の平和と安全は絶え間ない危険にさらされている。われわれは、毎日のように日本の憲兵隊、
 日本の兵士、日本の商人、そしてかれらの手先によって虐待されている。われわれの財産は没収さ
 れ、われわれはそれぞれの家庭から追い出されている。神聖なわれわれの聖地は、日ごとに侵され
 つつある。立派なひとたちが、罪人とまるでかわらぬ扱いをうけている。婦人たちの貞節さは犯さ
 れている。われわれの食料は、日本人に略奪されている。わが国の産物は、なんの価値もない日本
 の通貨と交換されている。われわれの牛や家畜、われわれの自動車や荷車は徴発されている。わが
 同胞は、過酷な労働に徴発され、われわれの境遇は、畜生よりもひどいものである」
  (矢野暢『タイ・ビルマ現代政治史研究』(京都大学東南アジア研究センター 1968)より)

69 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:16 ID:GLyV50Zp
なんか未開の地の土人が一人紛れ込んでるみたいだけど、

70 :名無し:02/04/18 20:23 ID:V4VuUZH9
反ファシストとか人民とかいう名前を含む組織の連中って、
人民を扇動して自分達が政治権力を握るために嘘誇張なんでもありだからな。
そして政治権力握ったら自民族を大虐殺。朝鮮でもやってるね。


71 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:29 ID:NDTOyYKn
「騙すより騙される方が良い。決してよそさまを騙す人間にはなるなよ」
ってウチのじさまは言ってたっけな、、、(28年前に他界)。

ロシアには騙されたようなもんだからねぇ、、、。



72 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:34 ID:GLyV50Zp
共産主義者とチョソは平気で歴史を捏造するからな…。
彼らがクズなのか日本政府が馬鹿なのか…。

73 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:34 ID:X4Qek8KN
だいたい日本人が食う物がないのに
捕虜に食わせる物がある訳無いじゃないか

74 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:39 ID:GLyV50Zp
>>73
しかも捕虜っつったってイギリス人だぞ。
日本人も飢えていた。対日経済制裁に荷担していたイギリス人は
自業自得だと思う。

75 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:43 ID:x8rlRIhi
ロシア人もそう思っているさ 謝罪の必要なし!

76 :名無し:02/04/18 20:44 ID:V4VuUZH9
朝鮮人も条約を守ろうとする精神が乏しいんだよね。
だから同類のロシアが好きらしいな。そんでロシアに大金貸して返してもらえ
ないみたいだね。どちらも条約を尊重しない国だから詐欺師が詐欺師に騙され
たようなもんだな。

ところでキムって姓、音の響きが汚らしいね。
先祖はパクチョンだろう。

77 : :02/04/18 20:46 ID:rYpoksSp
>>66-68
ビルマ人は日本のおかげで独立できたと思ってるよ。
ビルマは、日本の敗色が濃厚となると、ビルマが連合国から敵視されないように、
戦略的に日本と敵対したんだ。
そういうことを知らないやつらの資料だけを引用しているようだ。

78 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:48 ID:GLyV50Zp
>>76
朝鮮に約束なんて概念があるわけ無いじゃん。
あいつらは土人ですよ。非文明人。

79 :朝まで名無しさん:02/04/18 20:56 ID:x8rlRIhi
なんか国籍以外に誇るものがない人間が紛れ込んでいるようだぞ

80 :>73:02/04/18 20:59 ID:FC4uFpo8
だから日本軍の捕虜になった英米豪人などは
日本人より貧しい食事であった。
日本人自体が45年頃は飢餓状態で餓死も
でたから捕虜の食事は日本人より悪かった。
赤十字を通じて米国の家族から捕虜に食物が
送られたが日本人がピンハネしたよ。
捕虜は過重な労働と粗末な医療、そして
超お粗末な食事で栄養失調になり
バタバタ命を落とした。
敗戦時、救助された捕虜の写真を見ると
骨皮筋衛門でアウシュビッツのユダヤ人と
同じだよ。まあシベリアの日本人捕虜も
同じ待遇だったから自業自得かよう!!
ソ連人も当時食べ物が無かったから日本人捕虜も
悲惨だったのだア!!

81 :朝まで名無しさん:02/04/18 21:02 ID:GLyV50Zp
>>79
笑えねーぞ。もっと面白いコト書け!土人!!(わら

82 :朝まで名無しさん:02/04/18 21:13 ID:x8rlRIhi
君の素朴な反応は笑える

83 :零式 ◆GJBtkXX. :02/04/18 21:23 ID:GLyV50Zp
>>82
キミのデムパな反応には疲れた…。

84 :朝まで名無しさん:02/04/18 21:27 ID:x8rlRIhi
あの煽りに噛み付くのは、まさにソレに該当する人間だぞ。
というか、少しでもものを考える頭があったら気づきそうなものだが・・・
大丈夫か? 君。


85 :朝まで名無しさん:02/04/18 21:57 ID:7wXxWgvx
捕虜になったイギリス兵の書いた「クワイ河捕虜収容所」(教養文庫)って本が
あるんだけど、それ読むとアーロンとかで復讐したくなる気持ちもわからないでも
ないけどねえ。
ちなみに二次大戦前のヨーロッパでは、日露戦・(一次大戦時の中国での)日独戦の捕虜達が
戦後、故国に帰って伝えた話から、日本軍は武士道に則って捕虜を丁重に扱う、
という評判があったようです。

86 :名無し:02/04/18 22:35 ID:V4VuUZH9
1氏は根本的に間違っているのではないのか。
日本は米英蘭の元捕虜に謝罪して、補償金払っているだろう。
イギリスやオランダの元捕虜が糞だというのは、すでに金もらっているにも
かかわらず、少なかったからもっと払えと言っているところだろう。

アメリカの捕虜も、酷い目に会わされた、金払えって訴訟起こしていたが、
3人の元駐日米大使に、終戦時に日本から巻き上げた資産から大金を払って
もらっていたことを暴露されたんだ。


87 :朝まで名無しさん:02/04/19 12:58 ID:69T9TnlZ
>>86
かなり前、政治思想板でイギリスの捕虜にイギリス政府が金を出した事をさして
「日本が虐待した相手に気の毒だからと『どっかの誰か』が金を出した。世界は日本をどう見るか分かっているのか!」
と主張するバカがいたので
「イギリス政府は『当事者』そのものだろうが」
とツッコミを入れられて笑い者にされていた。

88 :朝まで名無しさん:02/04/19 13:45 ID:5FxtKaJY
浅田次朗氏がエッセイで「英軍と交戦はしたが、断じて
損害賠償を要求されるいわれは無い」と主張していたが
えらく格調高いものだったと記憶しているけど、何だっ
たかな・・・

89 :朝まで名無しさん:02/04/19 14:24 ID:d5UcaSqW
貝になりたいのセリフだが、
捕虜にゴボウ食べさせたら、その捕虜は「木の根を食べさせられた」と言ったらしい。

たとえば極上の刺身をだしたとき、捕虜はきっと「死んだ魚を生で食べて生き抜いた」と
語っているとも考えられる。

どうなんだい?

90 :35:02/04/19 14:56 ID:+E8JQwdJ
英軍も蘭軍も米軍もいまだに補償を日本に
要求するけどそれはただ単に有色人種の日本に
捕虜になったことが許せないだけ。
つまり白人としてのプライドの問題だな。
補償については国同士で話し合いがついているのに
いまだに持ち出すことがばかばかしい。
日本政府か毅然とした態度でそんな人種差別主義者は
ほっとけばいいのだ!

91 : :02/04/23 18:01 ID:TxVk7HoD
被虐待の証言  「戦争裁判の実相」より

米、英、仏、蘭、豪、中の連合国軍は、逮捕した容疑者および既決囚に対し、
言語に絶する暴行・残虐を加えた。その一部を紹介する。
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-3gyakutai.htm

92 : :02/04/29 21:13 ID:BQWDWpE2
>>91
ホワイトは謝罪しる!

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